ヒヨコビート

ココ最近、真剣に(?)疲れてきた。
厨房内も静かなものである。たまに意味不明な笑い声が聞こえることもある。
仕事が終わると急に活気付く若い連中も居るが、
全体的に士気が落ちてきているのは間違いない。

8月も大分落ち着いてきたみたいで、今日から休みが復活した。
毎週日曜日の午後に休みを取るコックがいるのだが、
彼は15時くらいから23時くらいまでずーっと寝ていた。

羨ましい限りである。


★ ヒヨコビート


ネットのあるきっかけで知り合った、日本のとある(?)ロックバンドである。
知り合ったといっても素性は良く分からない(笑。
ギタリストの「ぬばー」氏と何度かメールのやり取りをしたり、勉強させてもらっている。

さてそのヒヨコビート。
NTT東日本が主催するコンテスト、"LIVE ON! FLETS光"に新曲を応募している。
http://www.liveon-flets.com/stadium/artist.html?type=0&work_id=468
最後まで聞くと投票できるので、もし興味があったら聴いてみて欲しい。


★ サン・ピエトロという魚 ~続編


前回書いた記事について、ある人からメールを貰った。
面白い話だったので、原文そのままに載せてみたい。



ギリシャでは「聖クリストフォロスの魚」になるそうで、
話は違うけど、やはりキリストにまつわる話が残ってます。

==========

川渡しの仕事をしていたレプロブスは幼子に川渡しを頼まれ、
この子を背負って川に入ります。
すると突然水かさは増し、その子は大岩のように重く、
まるで「全世界を背負ったよう」です。

幼子はいいます。
「あなたは全世界を背負っただけではなく、世界を創造したものも背負ったのです。
わたしこそがキリストなのです」

以後、レプロブスはキリストを師と仰ぎ、名をクリストフォロスに改めるのです。
クリストフォロスはギリシャ語で「キリストを背負う者」という意味。

で、レプロブスは幼子のキリストを背負って川を渡るときに、魚を持っていて、
そのとき掴んだ場所が、魚に跡として残った。って件は一緒。

==========

さて、ここからが本題なんですが、
福音書によるとペテロが魚をつかんだ場所はガラリア湖で、この湖は淡水湖。
「聖クリストフォロスの魚」の話でも、川渡しの話なのでやはり淡水。
マトウダイは海水魚だから、どっちにもいるはずのない魚。

となると、あの時ペテロがつかんだ魚はなんだったのか…



ということだそうだ。

そして
”この話を教えてくれた人に、
「ガラリア湖にマトウダイは住んでいないと思うんだけど…」って聞いてみたら(笑)”
とあった。

是非聞いてみたいところだが・・・ある意味結論は見えている気がする。


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# by frutta_di_mare | 2009-08-24 07:31 | イタリア ミラノ・マリッティマ

サン・ピエトロという魚

イタリア2年目。
普通は語学力も上達する・・・のだろうけど、私の場合は相変わらずだ。

休日や仕事の休みなどに勉強しよう、と最初は思っているのだけれど、
体を休めたり寝たりと悠々自適に過ごしてしまう。
特に8月に入ってからは再び「休み無し」になったので、寝る時間が自然と多くなる。


★ 音楽の話 2


去年も語学の勉強を殆どしていなかったけど、それでもイタリアの音楽はずーっと聴いていた。
いろんなイタリア人アーティストの曲を持っているが、一番のお気に入りはラウラ・パウジーニである。
曲調はもちろんだが歌詞が聞き取りやすいのが良い。
ヘビーローテーで聴いていたので、曲と一緒に歌えるものもいくつかある。
(ただし歌詞の意味は良く分かってない)

ところが今年になったらそれらも聴いてない。
今は洋楽、いわゆるアメリカ・イギリスの音楽ばかりだ。

私が学生だったときと同じ現象がここイタリアにもあるようだ。
「自国の音楽より、洋楽の方がかっこいい」
イタリア人と音楽の話題になると、洋楽で話がはずむ。


先日マイケル・ジャクソンが急逝したが、これがなかなか楽しかった。
(と書くと語弊があるが・・・)
テレビで彼の曲が流れる。一緒に歌う。
「え、この曲知ってるんだ?」
もちろん!っていうか、この曲○○年前のだよ?キミらは生まれてない!(笑

パソコンを介してお互いが持っている曲を受け渡しすることがある。
ネットから入手して、それをやりとりもする。
「いい曲があるんだ」といって聞かせてくれる。
・・・これ、1980年代の曲だよ、知ってた?
「えーそうなんだー」
なんていうやりとりが何度あったことか。


ところで、イタリアの楽器屋さんに楽譜は売っているがめちゃくちゃ少ない。
少ないというよりも「殆ど無い」と言ったほうが正しい表現のようにも思う。
最近日本人ピアニストの方と知り合いになったのだが、彼女もそう話していた。

余談だが。
こんなリゾート地で日本人に会うなんて全く思っていなかったが、
たまたまその人ともう1人の日本人女性と、しかもココのホテルでばったり会った。
1人はここに、もう1人は隣町に住んでいるという。
お互いが「こんなところに日本人が居るなんて!」とびっくりした、という笑い話だ。

という訳で。
音楽関係の留学や、或いは私のように趣味で音楽をやろうかなと思っている人、
またはこれからイタリアに来ようと思っている人は、是非楽譜を携帯することをお勧めする。
ちょっと大変だけど、ページをスキャンしてパソコンに取り込んでおくのが良いと思う。


話は変わって。

youtubeなどの無料動画掲載サイトを検索してみると、ギター教習みたいのがある。
また無料で楽譜を掲載しているサイトや個人で掲載しているホームページも。
ネット速度が遅いながらも、今はそういうところを見つけて練習している。
ただし日本の、しかも最近の曲が比較的多いので、弾いててもさっぱり分からないのがつまらない。

帰国したときに邦楽も聴いておけばよかった、などと今更な後悔を少しだけした。


★ サン・ピエトロという魚


聖ピエトロ、つまり聖書に出てくるイエスの弟子のペトロのことだ。
この魚、日本で言えば「まとうだい」のことである。
なぁーんでこうも有り難い名前を頂戴することになったか、というのを今日聞いた。

詳しく知りたい人は聖書を読んでもらうことにして・・・

聖ペトロが浜辺でこの魚を見つけ、「腹を手でつかんで」水に放った。
そのとき掴んだ場所が、魚に跡として残った。
なので、「聖ペトロの魚」と呼ばれるようになった、とのことである。

名前はすばらしいが、捌くとなると忌々しい魚に変貌する。
実は今まで捌いたことが無い魚だったので日本のそれはどうだかわからないが、
イタリアの「まとうだい」は、私には少々めんどうだ。

皮は硬い。背びれ・尾びれの辺りは更に硬いので、包丁を入れるのに苦労する。
綺麗に包丁を入れないと直ぐに身離れする。身のつき方が少々特殊なようにも思える。

そして1番厄介なのが「とげとげしい」ことだ。
かさごもとげとげしいけれど身や皮は柔らかいので、然程問題にはならない。
しかしコヤツは気をつけていても、ついつい棘に手が当たってしまう。

週に1回程度、この魚を私が捌く。
だいたい30尾程度だが、いつもいつも手をやられ、そして無駄に時間がかかる。

「美しいものには棘がある」なんて言うけれど。
こと魚に関しては、あまり当てはまらないようだ。


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# by frutta_di_mare | 2009-08-18 07:14 | イタリア ミラノ・マリッティマ

料理学校の生徒

★ 料理学校の生徒


こちらの高校は日本のそれとちょっと違う。
専門学校をイメージすると分かりやすいかもしれない。普通科というのが無いのだ。
(もしかしたらあるかも知れないけれど・・・)
高校の時点で自分の将来の職業を決め、それに特化した授業になるようだ。

このシステム。良い面もあれば悪い面もある。

早いうちから専門的な勉強をするので、若くしてプロになれる。
具体的にいおう。
料理を専門とする高校に進学する。
夏休みなどはレストランやホテルなどで働く。
高校は5年生だが、卒業できる頃には良い人材に育っていると思う。

従ってイタリアでは20台半ばと言えば、十分シェフとして雇ってもらえる。
去年いたヌマーナの店のシェフは25歳だった。
一緒に働いていた22歳(だったはず)のコックは、
近場でオープンする店のシェフとして働くことになり、そこの店を出た。

逆に悪い面としては、行ってみたけど自分に合わなかった場合だろう。
知り合いの17歳の男の子がまさにこれで、いつも悩んでいる。
詳しい話は省くが・・・家庭事情もあって、辞めたくても辞めれないらしい。
私がもし、日本で直ぐ店を出せるだけの技術と資金があれば、
出来ることなら日本に連れて行ってあげたいくらいだ。
そう思わざるを得ないほど、彼の身上話はかわいそうなのである。


さて。

この料理学校の生徒、評判が良い話を聞かない。
ヌマーナ、シラクーサ、そしてここと、3箇所ともにそういう生徒が居た。
(ここは現在も居る)
全てに共通して言えるのは、「使えない」。その一言に尽きる。
私の意見だけではない。実際、他のコックも「こいつら・・・」と言っている。

料理学校の生徒だけあって、言うことはさすがにデカイ。
ただ現場が分かってないというか、学校レベルで仕事されたら困るんだよなぁって感じる。
他のコックが怒れば口答えするし、反論するし、反省しない。
コックだけじゃない、シェフが怒っても同じくだ。
イタリア人、老いも若きも自己中心派の塊。自分が1番な人達だから仕方ない。


★ たまには怒ってみよう


仕事中はもくもくと働くことが多い。しゃべれないから仕方無い。
しかしイタリア人はコレを疑問に思う。そして聞いてくる。
「怒ってるのか?」と。

ところが先日、ちょっと怒ってみた。

営業時間前に水を持ってくるのだが、前述の料理学校の生徒は、
飲んだら飲みっぱなしで片付けない。
何回かは黙認していたが、いい加減腹が立ったので、
「おまえが持ってきたんだから、片付けろ」と言った。

言われた本人はもちろんだが、シェフもソットシェフもびっくりしたようだ。
「日本人が怒ったぞ!」と。
結局その後はどうなったか?というと、言われた本人は何も変わらない。
一事が万事こうなのだ。ま、イタリア人だから仕方ない。

面白いのは、シェフとソットシェフのその後だ。
仕事が終わって後片付けをしてるときに私の名を呼び、
「ほら、この瓶は自分のだから、このようにちゃんと片付けるよ!」と確認をとる。

そう言えば、シラクーサのときも一回怒ったことがあった。
すると不思議なもので、ぐぐっと彼らとの距離が縮まった。

たまには怒ってみるのもいいのかも知れない。


★ きみら、あまり賢くないでしょ?


シラクーサにいたときに「ええっ?!」と思ったことが1度あった。
イタリアだとそんなもんなのかな・・・なんてその時は流していたのだが、
ここでも似たようなことがあったので書こうと思う。

まずはシラクーサでの出来事。

1人のホール係りが、一生懸命何かを考えている。
「携帯に計算機ついてる?」と聞いてきた。ついていたので、携帯を貸した。
なにやってんの?と聞くと・・・

例えばキロ20€の魚がある。
今、魚1匹が800gで、それを4人でシェアして食べたとする。
さて1人あたりいくらになるか、という計算をしていた。

答えは1人4€だ。
しかし彼の計算によると、これが何故か1人4,000€になる。
おかしい、おかしいと言って計算しているのだ。


さてここでの話し。

この時期はあちこちでセールをやっている。
そこで他のコックたちが昼休憩に服を買いに行った。

「この服、普通は40€なんだけど、それが70%引きなんだ!」
うんうん。
「で、3点買うと更に20%になるんだよ!」
うんうん。
「自分は1点、○○が2点買って3点になったから、安かったんだ!」
ほうほう。

ここまでは普通の会話だ。

「それでこの服、40€がたったの3€!90%引きになったんだよ!」
ふーん、それは安かったね~・・・えっ!?おかしいよ、90%引きじゃないでしょ?

その後レシートを持ち出して、半分言い合いになって。
仕事の時間になったので一時中止。
・・・したのだけど、仕事中も言い合ってた。
オマエはバカだ、いや、それはオマエだ、などと(笑。
結局仕事が終わってから決着をつけようという話になった。

詳しい説明は省くけど、彼が言いたかったことは分かった。
で、何故90%になるかということも分かった。
分かったけど、それを90%引きと解釈する意味が分からない。
支払ったのが3€だけなら分かるけど、実際の支払いは10€。
元値から見れば75%引きになる。

最終的に話はうやむやになったけれど、
話を聞いていた周りのコックたちも分かったんだか分かってないんだか。
当の本人も理解したのかどうか分からないけど、やっぱり90%引きにこだわっている。

これじゃあ来年の卒業は無理だね、と言ってあげた。
いやいや大丈夫だよ、と彼は言った。もしかすると数学は授業に無いのかも知れない。

バスの運転手やバールの店員など、たまにお釣りが多かったり計算間違いをする人がいる。
察するに、イタリア人は計算が苦手なのだろう。

「カスタードクリームやベシャメルソースを作るとき、材料の重さなんて量ったことないよ」
と彼らは自慢げに言う。
私は思う。
熟練してるから量らないのではない。
基本量の倍数計算が出来ないだけじゃないか、と。
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# by frutta_di_mare | 2009-08-04 07:11 | イタリア ミラノ・マリッティマ